Q書房 第二回3000文字小説バトル 感想文


その1  『月・魂』厚篠孝介さん作
 この作品、少なくとも3300文字はありますよねえ。3000文字バトルなので、一割り増しはちょっと反則の様な気がします。文中にも改行が多すぎるような気がしました。
 冒頭部分の描写はとても奇麗ですが、Hが登場する時点で、語り手と「彼」と「H」という三名が登場したように感じられました。この部分はもう少し整理された方が良いかと思います。(少し読み進めば、設定ははっきりするのですが……)同様に、小坊主と小僧もどちらかに統一された方が良いと思いました。
 娘を孕ませた責任が全てHにあるかのように振る舞うS子の父の態度や割を食ったかたちで寺に預けられたHの心情はとても上手く描かれていると思いました。人間が魂に戻ると月世界に行くという不思議な幻想と山奥の寺での生活が不思議と呼応する部分も無理なく入っていけました。ただ、「地球の出」を象徴するモノが週刊誌の写真の切り抜きで、Hがそれをいつも持ち歩いているので、染みができたり、破れてしまったりするんじゃないかと心配しました。もう少し固い物か小さい物だったら、安心して読めたと思います。

その2  『ガソリンスタンド』林 忠由さん作
「未来の社会では、電気自動車が主流になり、ガソリン走行車は影を潜める」という前提の話だと理解しました。最初の電気自動車が入ってくるまで、現代のバイトの話かと、心地よく騙されました。また、充電の手順から支払いまでが丁寧に書かれていて、未来世界の覗き見を楽しませていただきました。その後、「大きな声を出させる」店長の真意が解明していく過程で、店長のガソリン走行車への思い入れがうまく描かれていると思いました。しかし、そこまでで終わっていることに多少の物足りなさを感じました。充電関係の機具のどこかとか、「ユーロビート」(実在の音楽なのかどうか知りませんが)に対応するような音、もしくはガソリンの匂いにまつわるとか、もう二、三小道具に細工があると良いような気がしました。

その3  『結婚の理由(わけ)』岡嶋一人さん作
 何が楽しみで生きてるんだかわからない人は、なぜ推理のし甲斐があるのかよく分かりませんでした。浮気の推理がこの物語のひとつの核だと思いますが、出張、外食、靴下から浮気を推理するというくだりは「アームチェアディテクティブ」というよりも「女の勘。わかるからわかるのよ」といった、合理的な推理とは別の部分に位置するものではないかと思いました。従って、これらの事実を突き付けられたくらいで浮気を認めてしまう主人公に現実味が湧かず、全てが中途半端に感じられました。「結婚の理由なんて、他人には解らないものさ」という結論なのでしょうか。

その4  『マジックネイル』うめぼしさん作
 とにかく気持ち悪かったです。前半の姉妹の描写が日常的なだけに、ユニットバスの描写が生々しく、おどろおどろしかったです。「小指で頚動脈が切れるのか」とか、「マニュキュアは血液だったのか」とか、「吐き出すほどの料理ならば食べる前にも異変に気付くはずだ」とか、「なんで彼氏を食べなきゃいけないのか」といった小さな問題は山積されているような印象を受けましたが、とにかく気持ち悪かったです。

その5  『蛙の手』小林千穂さん作
 文字数が多い気がして、調べてみると3505文字もあるようです。当方の間違えかもしれませんが、3000字以内にされた方が良いと思いました。前半部分では「お母さん」と綴られていますが、一回目の水泳の描写が終わった後から「母」に変わって、「ハル」も一ヵ所だけ「私」になっています。どちらかに統一された方が良いと思いました。
 ハルの複雑な環境とその心理が、母との暮らし、プール授業の見学を通して上手く描かれていると思いました。作品全体のモノトーンな雰囲気は良いと思いましたが、表現がおかしなところが何ヵ所かあり、少しぎこちない感じがしました。

その6  『ロマネスクA』伊藤右京さん作
 昔の友人が電話口で意味ありげに告げた「裏金」は何だったのでしょうか。とても気になります。全体の2/3近くをしめる彼の台詞がすごく不自然で内容が希薄な気がしました。つまり彼は、「黒猫の写真を机に入れて時々見ていると、不思議な夢を見て、神経痛になる」という警鐘を鳴らしていたのでしょうか。それでは、ジャズバラードや寺山さんのストリップ、何より「裏金」の立つ瀬が無い様な気がします。立つ瀬が無くてもいいのですが、これ以上は読解できませんでした。

その7  『エンドレス・イブ』君島恒星さん作
 とても恐かったです。犯罪を犯した人間が罰として同じ犯罪を再現しなければならない。それも毎年。その犯行の悲惨さを考えると……非常に恐ろしい話です。女性から招待状を受け取ってパーティーに出掛けるという楽しそうな始まり方や、男心をくすぐり、そそらせる沙也加の美しさが淡々と語られるだけに後半との落差が際立って、本当に恐ろしい物語に仕上がっていると思いました。ノコギリと牛刀の使い方も素晴らしいと思いました。
 しかし、振られた男が結託して振った女を強姦しようと思うものでしょうか。また、強姦された事に立腹して、犯人達の目前で自殺を図ったりするものでしょうか。この二点に不自然さを感じました。また、最後に沖田が少女を使って練習を始めようとする件は、ちょっと蛇足的に感じました。

その8  『さるかにの水』TAKUTOさん作
 実行不可能な指令を受け、日夜、気力と体力の限りを尽くしてこれを遂行する……「スパイ大作戦」の世界を彷彿させますねえ。五匹の猫の大活躍で今回も無事依頼を達成できたようですね。イヌ、ヒト、ネズミの豪華キャストで楽しませていただきました。ただひとつ気になったのは、主人公の夢でした。後に起こる災難を予見したようですが、「実は夢だった」という場面の挿入は緊張感を欠いてしまいますし、物語の進行にブレーキを掛けてしまうので、必要無かったのではないかと思いました。

その9  『ルビー』一之江さん作
 女性の心理というものは難解なものであると、口を半分開いたまんま読んでました。ホテル、エレベーター、会議室、居酒屋、レストラン、路地という場面の移動や、ガーターベルト、ボタンダウン、クロスのボールペン、キャビンマイルド、デミタスカップ等小道具の登場が実に自然で、スルスルと読ませて頂きました。ただ、途中の「ふざけるな」というのは私の台詞なのでしょうか、彼の台詞なのでしょうか。初読では、彼の台詞として読んでしまいましたが、エレベーターから降りた後の私が苛立っている事から考えると、私が彼に強い口調で言ったという解釈も成り立つ気がしました。キャリアウーマンを描いていても上品になりすぎず、居酒屋の不倫を描いてもベタ付かない、粋な名作だと思いました。

その10『末期症状』羽那沖権八さん作
 覚醒剤が原因だと思った幻覚が実は妖怪座敷童で、覚醒剤を止めるきっかけを作ってくれたという物語と理解しました。女の子の幻覚が覚醒剤によるものではないだろうということは、その書かれ方から察しがつきましたが、座敷童が登場するとは思いませんでした。後半の友人との会話による謎解きの部分が少し間延びしているように感じましたが、覚醒剤の吸引シーンや破棄シーンも詳細に書かれているので、全体のバランスとして、このくらいの方が良いのでしょうか。

その11『年の瀬』鮭二さん作
 可笑しい、悲しい、せつない、懐かしい、恐い、そしてフシダラで色っぽい。そういったコソバユイ系の気持ちがごった煮になっていて、暮れの忙しさと初詣の厳格さの中、見事にドラマチックに語られていると思いました。みかんの皮を歯にくっつけたまま神様の前に進み出るのは構わないと思いますが、鼻で煙草を吸うのは止めた方がいいと思います。

その12『狼娘と微熱少年』越冬こあら作
 朝、起き抜けに何となくもやもやっとストーリーが浮かび、午前中に大急ぎでタイプして、送信した作品です。作っている時は、とても面白く感じたのですが……。

その13『進化』磊落っくさん作
 恐ろしい話です。性転換して両性の気持ちが分かる人が多数を占めるという逆転話かと思ったら、遅人類は性交渉も結婚もできなくなってしまい、異端視され、不遇の日々を送らなければならないのですね。生殖装置を使用しなければ繁殖できない種が数を頼りに「自分たちが最高」と主張するというのもおかしな気がしますが、「片親だけで父母の両面の気持ちからのアドバイスの出来る親」という立場では確かに優位な気もします。そんな中で救世主PMが登場しますが、仲間から信頼され、存在感に溢れ、説得力があるリーダーとして描かれている[PM]の台詞が少し雑な気がしました。最後の生殖装置の乱用が何故幸福と降伏の印になるのか解りませんでした。そして、自分に生殖機能が無いので少し悲しむ[PM]というのもずいぶん可愛らしいリーダーだと思いました。最後の二行は何を示唆しているのか掴めませんでした。

その14『音痴が街にやってくる』逢澤透明さん作
 楽しいお話ですね。『「しゃーないなあ、♪ユベラオチャ……』という部分から、耳の中にBGMが流れ出し、かなり平和な気分で読み進む事が出来ました。クリスマスプレゼントをサンタが直接配っていない事は、私も私の子供たちも薄々かんづいていましたが、こういうシステムに変更されていたとは思いもよりませんでした。世界聖者連合会の御発展を祈願致します。

その15『四次元の扉』夏蜜柑さん作
 人の流れ、時の流れ、その中にあって心に闇を抱きつつ明るく振る舞う幼馴染が、少女時代の暗い噂話に引き戻されたかのように自殺を遂げた話なのでしょうか。その噂話の後半「九十九回往復したら、四次元の世界に通じる扉が開く」という部分に何か重要な意味が込められているかのように語られていますが、結局何故そうなのか良く解りませんでした。心の闇を解決する為には、四次元に行く必要があり、四次元に行くという事は自殺する事だったのでしょうか。



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